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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)5920号 判決 1970年4月22日

原告

篠田哲哉

被告

株式会社「ノン」

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し金一三万六八九〇円およびこれに対する昭和四四年六月一五日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は、第一項に限り、かりに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

(原告)

1  被告らは各自原告に対し一一二万二〇六六円およびこれに対する昭和四四年六月一五日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

(被告ら)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、請求の原因

一、事故の発生

昭和四三年一二月三日午前〇時三〇分ごろ東京都中央区神田須田町一丁目一四番地先交差点において、被告前島運転の普通乗用自動車(練馬五さ二五四四号、以下加害車という。)と横断歩行中の原告とが衝突し、その結果原告が頭部挫傷、顔面挫創、骨盤骨折、左上腕骨頭不全骨折等の傷害を負つた。

二、責任原因

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(一)  被告会社は、加害車を保有し自己のために運行の用に供していたのであるから、自賠法第三条による責任。

(二)  被告前島は、事故発生につき、次のような過失があつたから、不法行為者として民法第七〇九条による責任。

本件交差点には信号機が設けられているのであるが、被告前島は、帰路を急ぐあまり、対面する信号の表示が青から赤に変つたにもかかわらず、原告の対面する信号の表示が青になる直前に交差点を通過しようとし敢て進行して本件事故を招いたものであり、かりにそうでないとしても、運転席のバックミラーを直すことに気をとられ、前方不注視、片手運転の過失があつた。また、原告が一九・六メートルもはねとばされたことからみて、同被告は、制限時速四〇キロをはるかに超える速度で進行してきたものと推定される。

三、損害

本件事故によつて生じた原告の損害は、次のとおりである。

(一)  入院雑費 二万〇六〇〇円

原告は、右傷害の治療のため、昭和四三年一二月三日から昭和四四年三月一五日までの一〇三日間名倉病院に入院し、その間一日につき二〇〇円を下らない物品購入費、栄養費等の支出を余儀なくされた。

(二)  謝礼 九三五〇円

原告は、右病院を退院する際、医師、看護婦、附添婦および掃除婦に対し合計九三五〇円相当の金品を贈つた。

(三)  着衣損 二万円

右は、事故当時着用していた背広およびワイシャツが使用できなくなつたことによる損害である。

(四)  逸失利益 一二万二一一六円

1 原告は、大蔵事務官として渋谷税務署に勤務する国家公務員であり、税務職員俸給表の税務五等級一〇号俸(本俸五万四七〇〇円)の支給を受けていたものであるところ、国家公務員の給与に関する法律第一五条、人事院給実甲第二八号によれば、職員が勤務を要しない日を含めて九〇日間病気欠勤した場合、俸給を減額する旨規定されており、原告は、右規定により、昭和四四年三月の俸給から二万八〇〇〇円、同年四月分の俸給から二二六一円をそれぞれ減額され、さらに右法律第一九条の三・四、人事院規則九―四〇の第一〇条により、同年三月に支給された勤勉手当のうち四五〇〇円の減額を受けた。そして、同年六月に支給される勤勉手当からも一万一七五五円の減額を受けることは必定である。

2 右法律第八条第六項、人事院規則九―八の第一〇条によれば、職員が昇給期間(一年)の六分の一以上の期間にわたり欠勤した場合、昇給期間を三か月延伸することになつており、原告の定期昇給期は七月一日であるところ、本件事故による欠勤により右定期昇給が三か月延伸することは必定である。原告は、昭和四四年七月一日に二二〇〇円昇給するはずであつたのであるから、結局六六〇〇円の損害を受けることになる。

しかして、昇給額は号俸が上昇するにつれて高額となるものであるところ、原告は、今後一年につき少なくとも六六〇〇円の損害を継続して受けるに至ること理の当然である。原告は、少なくとも五五歳までの一六年間(現在三九歳)勤続するはずであるから、この間右六六〇〇円に一六年を乗じて得た七万五六〇〇円の損害を受けることになる。なお、右は控え目な算定であるから、中間利息の控除はその要なきものというべきである。

(五)  慰藉料 八〇万円

原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情のほか、原告が今尚後遺症として耳鳴り、記憶力減退の症状に悩まされていることなどに鑑み八〇万円が相当である。

(六)  弁護士費用 一五万円

原告は、弁護士たる本件原告訴訟代理人に対し、着手金五万円を支払い、本件第一審判決言渡後直ちに一〇万円の報酬を支払う旨約定した。

四、結論

よつて、原告は、被告らに対し一一二万二、〇六六円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四四年六月一五日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告らの事実主張

一、請求原因に対する認否

第一項のうち、原告の傷害の点は不知、その余は認める。第二項の(一)は認め、(二)は否認する。第三項は不知。

二、事故態様に関する主張

本件交差点は信号機が三つ連なつており、被告前島は、信号の表示がいずれも青であつたので、そのまま進行したところ、原告が酒に酔い、歩行者の信号が赤であるにかかわらず、これを無視していきなり横断歩道上に飛び出したため、本件事故を発生させたのである。

三、抗弁

(一)  免責

右のとおりであつて、被告前島には運転上の過失はなく、事故発生はひとえに原告の過失によるものである。また、被告会社には運行供用者としての過失はなかつたし、加害車には構造の欠陥も機能の障害もなかつたのであるから、被告会社は自賠法第三条但書により免責される。

(二)  過失相殺

かりにそうでないとしても、事故発生については被害者たる原告の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

第四、抗弁に対する認否

原告の過失を否認する。

第五、証拠関係〔略〕

理由

一、事故の発生

原告主張の横断事故が発生したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、原告は、右事故により頭部挫傷、顔面挫創、骨盤骨折、左上腕骨頭不全骨折の傷害を負つたことが認められる。

二、責任原因

(一)  被告会社が加害車を保有し自己のために運行の用に供していたことは原告と同被告との間で争いがない。

以上の事実によると、被告会社は、自賠法第三条により、本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(二)  〔証拠略〕によれば、次のような事実が認められる。

本件交差点は、信号機の設けられた別紙図面どおりの変型交差点であり、街路燈があるので夜間も明るく、見通しはよい。制限時速は四〇キロで、事故当時交通量は少なかつた。

被告前島は、東西に通じる道路を西進し、対面する信号機がいずれも青色を表示しているのを確認のうえ、時速約五〇キロで本件交差点に進入した。そして、別紙図面の<1>地点附近で運転席でバックミラーの状態を直しながら進入し、そのため原告が横断歩行を始めたのに気がつかぬまま、<1>地点から約一八・八メートル進んだ<2>地点において、約六メートル前方の横断歩道上を原告が北へ向けて横断歩行しているのを初めて発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず、×地点で加害車の右前部を原告に衝突させ、別紙図面のようなスリップ痕を残して<3>地点に停止した。

原告は、対面する信号の表示が赤色のとき、横断を開始し、そその直後加害車に衝突して別紙図面の<ア>地点に投げ出された。なお、原告は、当日午後五時三〇分ごろから九時ごろにかけて友人と飲酒し、事故当時まだアルコールの影響が残つていた。

(三)  以上の事実によると、被告前島は、事故発生につき、前方不注視の過失のあつたことが認められるから、民法第七〇九条により、本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。

三、抗弁

(一)  免責

右のとおり被告前島に過失が認められるのであるから、被告会社主張の免責の抗弁は、その他の点を判断するまでもなく失当である。

(二)  過失相殺

前記認定事実によると、被害者である原告には信号無視の過失のあつたことが認められるところ、原告の右過失と被告前島の前記過失との割合は、原告八、同被告二と認めるのが相当である。

四、損害

〔証拠略〕によれば、原告は、前記傷害の治療のため、昭和四三年一二月三日から昭和四四年三月一五日までの一〇三日間名倉病院に入院し、退院後二、三回同病院に通院したこと、その結果仕事に差支えるような後遺症は残さずにすんだが、それでも天候の悪いときは肩や腰が痛み、左手を上げたりすると肩が痛むことが認められる。

以上の事実を前提にして、以下原告主張の損害について判断する。

(一)  入院雑費

原告が入院中一日平均二〇〇円以上の諸雑費を要したであろうことは、同種事件の審理を通じて当裁判所が知りえた通常の入院雑費額に徴し、優に推認しうるところである。よつて、そのうち一日二〇〇円の割合による支出を相当因果関係ある損害と認め、原告主張どおりの額二万〇六〇〇円を認容する。

(二)  謝礼

原告の主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(三)  着衣損

原告本人尋問の結果によれば、事故当時原告は、背広およびワイシャツを着用していたものと認められ、前記事故態様から推して、右着衣は滅失したものと推認すべきところ、これによる損害は、一万円を下ることはないものと認めるのが相当である。

(四)  逸失利益

〔証拠略〕によれば、原告は、税務署に勤務する国家公務員であり、事故当時一般職の職員の給与に関する法律(以下給与法という。)の別表第二税務職俸給表五等級一〇号俸の俸給を受けていたこと、前記傷害により、入院期間中は無論、退院後も原告の健康管理者である東京国税局長の命により同年四月二日までは出勤を禁止され、翌三月から六月二日までは勤務時間を一日四時間に制限され、あわせて超過勤務、休日勤務、宿直勤務および出張を禁止されたこと、その結果昭和四四年三月の給与から二万八〇〇五円、同年四月の給与から二二六一円をそれぞぞれ減額され、さらに同年三月支給の勤勉手当から四三六九円(原告が同月一日現在において受けるべき俸給及び扶養手当の月額並びにこれらに対する調整手当の月額の合計額五万九七三一円に給与法第一九条の四第二項の定める割合である〇・五を乗じ、円未満の端数を切り上げて得た金額二万九八六六円から原告が現実に支給を受けた勤勉手当二万五四九七円を控除して得た金額)、同年六月支給の勤勉手当および期末手当から一万二一四六円(原告が同月一日現在において受けるべき右俸給等の合計額六万〇二六一円に給与法第一九条の三第二項および同法条の四第二項の定める割合の合計である一・四を乗じ、円末満の端数を切り捨てて得た金額八万四三六五円から原告が現実に支給を受けた勤勉手当および期末手当の合計額七万二二一九円を控除して得た金額)をそれぞれ減額され、また、本来なら同年七月に五等級一一号俸に昇給すべきところ、三か月昇給が遅れたこと、五等級一〇号俸と同一一号俸との給与の差は一か月二三五七円であることが認められ、以上の事実によると、原告は、本件事故により、得べかりし利益五万三八五二円を喪失し、同額の損害を受けたものと認められる。

なお、原告は、昭和四五年以降において昇給が三か月ずつ遅れることにより年間少なくとも六六〇〇円の得べかりし利益を継続して喪失することになる旨主張するが、給与法第八条、人事院規則九―八によると、今後原告の勤務成績如何によつては昇給期間が短縮され、遅れを取戻すこともありうるのであるから、あるいは回復に相当の年月を要するかもしれないけれどもこの点について特に立証のない本件においては、右損害を算定することは不可能といわざるを得ない。よつて、この部分の請求は棄却するが、ただ、昇給が遅れたことにより原告が不利益な立場に立たされていることは確かであるから、この点は慰藉料の算定にあたり考慮することにする。

(五)  過失相殺

以上の損害額は合計八万四四五二円であり、これを前記の過失割合に従つて過失相殺すると、このうち被告らの賠償すべき額は一万六八九〇円(円未満切捨)となる。

なお、弁論の全趣旨によると、原告は、治療費として五一万三〇二〇円を要し、右は、被告らにおいて支払済みであることが認められるが、これについては過失相殺をしない。

(六)  慰藉料

原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情に鑑み一〇万円が相当である。

(七)  弁護士費用

以上により、原告は被告らに対し一一万六八九〇円を請求しうるものであるところ、原告が被告らに賠償を請求しうべき弁護士費用の額は、本件訴訟の経過に鑑み二万円が相当である。

五、結論

以上の理由により、被告らは、原告に対し一三万六八九〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四四年六月一五日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。原告の本訴請求は、右の限度で理由があり、その余は失当である。

よつて、原告の本訴請求中、理由のある部分を認容し、その余の部分を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九二条、第九三条を適用し、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 倉田卓次 並木茂 小長光馨一)

別紙 <省略>

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